ドキュメンタリー映画『熱狂をこえて』に寄せて

奈良県出身の 松岡弘明 監督によるドキュメンタリー映画『熱狂をこえて』が、今年の6月26日(金)より公開されました。この映画は、1994年に日本で初めてプライドパレードを実現させた活動家・南定四郎さんの半生を描いたドキュメンタリーとなります。関西では、アップリンク京都にて観ることができます。

そして、このアップリンク京都にて、7月7日(火)19:35の上映後に、監督の松岡弘明さんとのトークゲストにお招きいただきました(*)。私は性的マイノリティの運動の前線にいるわけでもなく、また、専門的な研究者でもありません。関西で現場に立たれている方や、研究者がいますのでとても気が引けます。おそらく、「お前誰やねん」となること間違いなしです。そのことは主催者にも伝えたのですが、何のご縁か、監督の松岡さんよりお声がけをいただいたので、お断りするのも感じが悪いかと思いお引き受けしました。

7月7日(火)~9日(木)『熱狂をこえて』トークイベント開催決定!

私は、視聴者のなかから抽選で松岡弘明監督とお話ができるチケットを手にしたラッキーマンぐらいの認識で受け入れてくだされば幸いです。

トークの当日は、監督のお話を聞きたい来場者がほとんどだと思いますので、私は聞き手に徹するようにして、ここにただのラッキーマンのごく私的な感想を述べておこうと思います。即興的に書きますので、誤字脱字ほか間違いなどがあり次第、修正・加筆などをしていくものになります。というか、まだ途中です。

今、記録すべき語りが集められたオーラルヒストリーの教科書的映画

まず、プライドパレードの歴史を学ぶうえで、非常に教科書的な映画であると思いました。映画のなかでは、各所でかわいいイラストを用いたナレーションによる説明が挿入されています。説明があることで、プライドパレードを知らない人でも、南定四郎さんを知らない人でも、誰でもわかりやすく見ることができるのと同時に、映像にリズムも生まれ、飽きたり眠くなったりすることなく、楽しく見ることもできます。イラストかわいい(イラストレーターはmoriuoさん)。

この映画が「教科書的である」というのは、「誰もが見て学ぶことができる」映画ということです。それは、性的マイノリティの当事者に限りません。次に述べていくように、オーラルヒストリーの方法も学べるし、権利の獲得に向けて運動を起こしたその歴史は、他の運動に関わる人にも学ぶものがあり、そうした幅広い層に向けて伝えられる映画だということです。めっちゃ大事な映画。

私が学生にこの映画をおすすめするならば、その理由は「オーラルヒストリー」(*)のお手本のような映画であるからです。まだまだお元気かもしれない南定四郎さん(94歳)には縁起でもなく大変失礼な表現になるかもしれませんが、もうすぐ亡くなってしまうかもしれない人の語りこそ、今のうちに聞いておこう!、記述された歴史ではない、生きた人間の語りからみえてくる歴史を今のうちに残しておこう!というのは研究としても、記録としてもとても重要です。

*参考:佐藤信 編 『オーラル・ヒストリー入門』ちくま新書、2025年

オーラルヒストリーは、一人の人物にインタビューなどで聞き取ることが中心にはなりますが、人の記憶や語りというのは時に勘違いや記憶違いもあります。自慢したくなっちゃって、ちょっと盛ったことを言っちゃうかもしれません。語られたこともあれば、語られなかったこともあります。

それを補強するものが、当時の雑誌などの歴史的資料であったり、当時の記録映像(これも貴重!)であったり、あるいは、他の周辺人物の語りとなります。日本で初となる第1回目のプライドパレードがどのようなものだったのか、それを立ち上げた南定四郎さんはどんな人物なのか、さまざまな関係者が率直に答えているシーンが満載です。一人の英雄のひとつの物語にしてしまうのではなく、さまざまな人物の多声的な声にひらかれることで、同じ出来事・人物も多面的に浮き上がってきます。

学生のみなさんには、そうした卒業研究も推奨したいです。が、これは誰にでもできることではありません。インタビューに答えてくれる人との信頼関係を築くことも重要ですし、関係資料を集めることも含め、とても骨が折れる根気のいる研究方法です。その意味でもこの映画はとても貴重かつすごいものだと感じます。松岡監督はこの映画にいったい何年かけたのだろう。

映画を通じて世代を引き継ぐ、世代をつなぐ運動の歴史を知る

もうひとつ、性的マイノリティに限ることなく学ぶことができると思った点は、映画を通じて運動の歴史を引き継いでいくことがあるのではないかという点です。監督の松岡さんは1987年生まれということで、私よりちょっとお兄さんくらいです。94歳の南定四郎さん、あるいはインタビューに答えた他の関係者も、その多くは松岡さんにとっては上の世代だったと思います。この映画を撮る(つくる)という過程を通じて、松岡さんの目線で何かを上の世代から継いでいるのではないかと思います。

私は、LGBTのパレードも歩いたことはありますし、ステージスタッフをしたこともありますし、政治家が差別発言をすれば抗議デモに出向いたこともありますが、最近は刑務所の問題や死刑制度の問題の活動にエネルギーを割いているような感じです。そうした他の市民活動や運動を見ていても思うのは、世代交代の課題です。これはどこでも同じではないでしょうか。

社会運動の専門家ではないのでわかりませんが、とにかく運動を立ち上げた世代というのは軒並みマッチョな感じです。権利のための闘争だー!!みたいな感じです。ハッピープライドぉ〜(きらきら〜)みたいな感じじゃありません。上の世代は、ともすれば今でも元気でバリバリ活動をしていたりします。それをしていると、引き継いでいく世代というのが不在がちになってしまいます。もちろん、いつの時代も何かしようという人はいます。若い世代もちゃんといます。しかし、「継いでいく」というのは世代と世代がつながる、世代をこえた連帯をつくるということです。

映画のなかで、第1回目の日本で初のプライドパレードを立ち上げようとした際に、「性的マイノリティの当事者の人が、白昼堂々、顔を出して歩けるわけないでしょう」といった否定的な反応があったことが印象的です(セリフは正確なものではないですが)。今となっては、晴れやかであたりまえにあるプライドパレードが、その第1回目においては、相当に勇気のいることだったということです。想像できますか?

さらに、1980〜1990年代のエイズ危機の時代は、黙っていれば人が死ぬという危機迫った状況、非常に切迫した状況だったと思います。今以上に圧倒的な異性愛規範の強さ、エイズに対する偏見や差別の強さ、世間の無関心さに対して立ち上がった世代は、それは多少マッチョに力を奮い立たせて闘うしかなかったと思います。この映画のタイトルにもある「熱狂」が必要だったかもしれません(?)。

対して私の世代(30代)はどうでしょうか。LGBTという言葉が人口に膾炙して、維新の会などというろくでもない政党(*)が支配的な大阪府・大阪市においてさえ、パートナーシップ制度なるものがあるくらいには、時代状況は大きく前進しています。それもこれも、上の世代が声をあげてきたからです。

*例「休館した人権博物館、資料3万点が大阪公立大へ 「破戒」初版本など」(朝日新聞、2026.06.30)

私の世代(あるいはそれ以下)は、すごい怒られそうだけど、LGBTであるということで容易に注目してもらえるような状況にもなりました。必死に声を上げなくても、さまざまなメディアが取り上げ、流行のファッションな感じで、企業もスポンサーになってくれて、ドラマもリアリティショーもいろいろあって、SNSで簡単に出会えてつながれて、上の世代がしてきた苦労をしなくて済んでいるんです。それをよく思わない上の世代もいるかもしれないし(「若い子が何も知らないでもぉ!」みたいな)、「運動とかパレードとか過激にやるから逆に差別されるんだよ」などと、運動嫌いの若い世代もいるかもしれないし、とにかく世代間の認識の差というのは一定程度ある気がします(運動嫌いはいつの時代もいますし、今の世代にもしんどさはあります。差別や偏見は今もありますし、今の世代ならではの、ネットやSNS社会の新たなしんどさがあるかもしれません)。

これをつなぐのは、もう運動の歴史を知るしかないのです。若い世代が学ぶべきということではないです。上の世代もです。それぞれが「今」しか見えていない状況から、互いをつなぐ歴史の存在を知る、それがこの映画なのではないかと思います。

私は刑務所や死刑の問題に取り組むようになったと言いましたが、偶然永山則夫の展示を目にしたことが、私の今の活動や研究につながっています。その活動をしていたのは市原みちえさんという方ですが、誰かの活動は必ず誰かに影響を与えて紡がれていくんですよね。

大塚隆史さんは映画の中で南さんを「種を蒔いた人、それは本当にすごいこと」と言っていたと思いますが、蒔かれた種は必ず誰か拾う人がいます。私は、自分の活動や研究に対して時々自信をなくすことがあります。うまく社会に伝えられなくて、受け入れられなくて。ネット上の差別的な言説にうんざりして。そんな時にも、先人達の取り組みというのがまた元気づけてくれるということを、何度も経験しています。

左翼は反省せよ?失敗から学ぶこと

私はこれまで、「左翼は反省せよ」というトークシリーズを、大阪・九条の書店MoMoBooksでひらいてきました。左翼というのは、「正しさ」でつながることが多いです。互いの正しさがぶつかり合うなかで、同じマイノリティの内部で衝突や分断が日常茶飯事です。敵はあっちなんだけど…と思うのですが。

その点でいえば、南定四郎さんという人物は、伝統的な左翼だと思います。「正しいんだからいいだろう」といって、突き進んでしまった結果、周囲との軋轢を生み、仲間が自死にいたってしまい、挫折して20年の間、表舞台から姿を消していました。「後悔はしていない」というセリフもあったと思いますが、自らを振り返った時に、その間違いや過ちは認めて前に進み、90歳を超えてから次の世代と一緒にパレードを歩く姿(映像)は、とても印象的でした。

続く(書き途中)…

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