2025年度は、なら歴史芸術文化村が実施しているアーティスト・イン・レジデンスプログラム「文化村AIR」にて、風間が審査委員を務めました(大変僭越ながら…)。
そのご縁もあり、2025年度滞在アーティストとなった早崎真奈美さんの展示《昨日の黒/Flux in Black》に伺い、早崎さんにもいろいろとお話を聞かせていただきました。
これまた大変僭越ながら、審査委員評の原稿を記録冊子に寄せました。短いテキストですので、以下にそのまま掲載します。
早崎真奈美さんの展示「Flux in Black 昨日の黒」は、来場者の身体感覚に静かに働きかけることから始まっていました。受付に置かれた墨と筆で、芳名帳に名を書くという行為そのものが、本展への導入となっていたのです。久しく触れていなかった筆を握り、紙に滲む墨の感触を確かめると、なぜか身が引き締まるような緊張感を覚えます。しかし、多くの人が一度は触れたことのある、どこか懐かしさもある感覚でした。
本展において重要な素材である「墨」は、奈良においては奈良墨としてその歴史が深く、また地域の方々にとっても馴染みのあるものだと思います。しかし、意外なことにこれまでのレジデンス・アーティストには取り上げられてこなかった素材でもあり、今回、早崎さんに滞在いただいたことで、奈良の見慣れた風景や素材に対して、新たな価値を探ってくださったように思います。
早崎さんは本展に先立ち、奈良に点在する古墳をはじめ、「人の手が加わった痕跡を感じさせる風景」や「自然と人工が共存する場」をリサーチしてきたといいます。短期間ながらも精力的に各地を巡り、その成果である本展を通して浮かび上がってくるのは、墨が内包する長大な時間軸と、古代から現代に至るまで生活のなかに古墳があり続けた奈良の歴史的風景とが重ね合わされていく感覚です。千年以上前の古文書が今日まで判読可能であるのは、墨の細かな粒子が紙に深く定着するためであり、また淡墨が理想的な状態に至るまでには50年を要するとも伺いました。
さらに、油彩などとは異なり、最初のストロークが消えることなく残り続ける墨の特性と向き合いながら、線そのものがもつ緊張感や偶然性が探究されていたようにも感じられます。一度引かれた線は消えずに重なり合い、その過程で風景がおぼろげに立ち現れていく。墨のもつ黒の奥行きのなかに、過去と現在、行為と記憶とが交差するさまが見えてくるようでした。
風間勇助
